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「小売業を一番、熟知するSを(ミレニアムの)安定株主に得て営業革新に駅進する」「小売業を一番、熟知する」。
この言葉こそが、Sに対する最大の賛辞であることは間違いない。
Sをゼロから立ち上げて世界の大手小売業のなかで最も経営効率の高いエクセレントカンパニーに押し上げた経営ノウハウを、今度は経営破たんの瀧から這い上がってきたMに注入し、同社の未来を託そうとする意思表示だからだ。
Wにとって、産業史に残るこの晴れがましい記者会見の壇上に上るまでには曲折があった。
35歳でS百貨店取締役に就任するなど早くから社長候補と目されていたWは、百貨店経営に関する本を上梓し、創業者で作家でもあるTの反感を買ってしまう。
1983年、グループ企業の外食企業、レストランS(現西洋フードシステムズ)の社長職に追いやられる。
外食業界は百貨店とは別世界だった。
各地に店舗展開するレストランチェーンは店ごとに経営手法が大きく異なっていた。
当時のレストランSは職人気質の料理人が多く、サービスにばらつきがあった。
同じ看板を掲げている以上は、まずはサービスレベルを同程度にしなくてはいけない。
Wが参考にしたのは、同じように多店舗展開するスーパーやコンビニの経営手法だった。
チェーンストア理論と呼ばれるものを外食企業にも応用し、レストランSを上場会社に育て上げた。
1992年、一度はS百貨店を追われたWは、医療機器販売を巡る不正な取引などでS百貨店の経営が大混乱した時、堤に請われて西洋フードシステムズ社長からS百貨店会長として復帰した。
その時、S百貨店はグループ企業を含めて全国に2店以上を展開する企業になっていた。
経営建て直しを託されたWが切り札としたのは、SやY堂で陣頭指揮を執るSの経営術だった。
そのころのWはSのインタビューやSの記事が載る新聞や雑誌などを一つも漏らさず読み漁った。
優れた情報システムに裏打ちされたきめ細かな商品管理や、営業最前線の従業員にまでトップの考えを浸透させるコミュニケーション能力と組織作りなどを、S百貨店にも移植できないものかと必死だった。
そしてWはついにSに直接会い、S百貨店の幹部研修会の講師役を依頼した。
Wにとって、5千店(当時)を超える店舗がありながら統制を保って業容を拡大するSの経営は、脅威と同時に羨望の的でもあった。
一方、SはWの企業再生にかける執念に畏敬の念を抱いていた。
Sは破綻した米S社の再建に着手したばかり。
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